北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

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藤沢隆史(礼文町教委主任学芸員)*心を整える絵図

 礼文島香深地区に、吉祥寺(きちじょうじ)という寺があります。東京都武蔵野市にある吉祥寺地域との関係は不明ですが、1883年(明治16年)開基で島内最古の礼平寺に起源をもつ曹洞宗の寺です。ここには縦2メートル、横1メートル以上もある巨大な絵図があります。涅槃(ねはん)図と言われるものです。

 涅槃図とは、釈迦(しゃか)の死の場面を描いた図です。沙羅双樹に囲まれた中、横になった釈迦の周りに多くの菩薩や弟子たちのほか、さまざまな動物や虫までもが集まり、その死を嘆き悲しむ様子が描かれます。毎年釈迦の命日に行われる法要の際に本堂に掲げられ、参拝者は釈迦が亡くなる姿を目の前にして、僧侶の唱えるお経や説法に耳を傾けながら釈迦の教えを心に刻み、心を整えます。

 吉祥寺の涅槃図は作者や来歴などの特定が困難です。ただ、左下に江戸時代の天明という年号と摂州(今の大阪府北中部一帯)という墨書があることから、江戸末期に関西で制作され、明治中期以降に寺に持ち込まれたと推定されます。

 ちなみに、明治期に島に移住してきた人たちは、寺や神社など心のよりどころとなる建物を真っ先に建てています。それは、厳しい自然の中で不便な生活を送らざるを得なかった人々の切実な思いの表れだったかもしれません。
 
(2023年6月5日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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