北極星
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石黒誠(富良野・写真家)*旅の匂い
250ccのバイクにまたがって国内を旅したことがあった。春に富良野を出発した。戻るつもりはなく、どこかよい土地があれば住んでもよいと思っていた。キャンプをしながら南へ向かい、石垣島でアルバイトをしながら冬を越した。25年前のことだ。
バイクで走っていると風の匂いが刻々と変わるのが分かった。雨雲が近いと湿った匂いがし始めて、雨合羽を着ようか判断した。天気予報なんて前日の夜、酒を飲みながらテントの中で聞いた携帯ラジオの情報だけだったので、荒れ気味か、晴れなのかくらいしか頭に入っていなかった。だから走行中に変化する風の匂いは重要だった。
都市へ入ると、排出ガスが混ざった町の匂いがし始めた。海が近くなると、磯の香りがした。
自分が次々と移動することで向こうからやって来る匂いが好きだった。これからの天気や、どんな土地なのかをいつも想像させた。
やって来たのはもちろん匂いだけではなかった。旅先で人との出会いが幾つも待っており、若者の無謀な旅に共感してくれた人からずいぶん親切にされた。
今は散歩が好きだ。適当に選んだ道を歩けば、まだ名を知らない花が咲いており、いつの間にか渡ってきたヒバリがさえずっている。歩きながら季節が体に染みこんでくるのだ。
(2023年4月25日掲載)
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