北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


漢幸雄(士別・劇場館長)*真空管アンプ

 就寝前、照明を落とした部屋にぼんやりと浮かぶ真空管のあかりが安心感を与えてくれる。半世紀前に初任給をつぎ込んでパーツを買い、試行錯誤して組み立てた自作アンプを使い続けている。初めて音が出たときの感動は今も忘れ難い。

 舞台音響を担うわが職場にも、真空管アンプやレコードプレーヤーがある。それを知った知人が、思い入れがあって手放せなかったレコードを携えてやって来た。プレーヤーを処分し、自分では聞けないという。

 真空管アンプは前時代的で、音が出るまでしばし時間が必要だが、やがて耳に優しい音が出始める。懐かしい音楽を聴きながら昔話に花を咲かせた。イヤホンではなく、音楽の流れる空間で話をするのは楽しい。

 身の回りの道具は、ブラックボックス化が進んでいる。真空管アンプなら調子が悪くなると故障箇所を突き止め、部品を交換できた。修理は今、ほとんどの場合、基板ごと交換だ。

 工芸品の世界でも、需要が減るにつれて職人が減っている。なくなってからその技術を復活させるのは難しい。失った技術はどれほどあるだろう。現代の技術によって、伝承する手段をつくれないのだろうか。

 職場の真空管アンプは、「扱いが面倒で使わなくなった」と譲られたものだ。私はアナログな時間を、大切な物と過ごしていきたい。

(2023年10月23日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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