北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


川崎正紀(留萌・飲食業)*研修医のままで

 その彼は15、16年前に先輩の医者に連れて来られた若い研修医だった。先輩を先輩とも思わない口ぶりと、酔っ払っては靴下を脱いでカウンターに置いたり、脱いだ靴下をみんなに嗅がせる暴挙など、数え切れない失態を繰り返していたようなやつだった。
 一緒に来ていた彼女に「こんなやつとは別れてしまえ!」と何度言ったことか。そのくせ周りからは不思議と人気があるのだから、なんとなく許せてしまうのが人格なのであろう。
 その彼が留萌にいたのはたった1年。その後は札幌に戻って、その彼女と結婚し、子供もできて、職場ではそれなりの役職に就き、いまや「准教授!」とか言われている。
 彼はこのコロナ禍の中、最前線で戦っている。絶え間なくやってくる患者。増えていく入院患者。「治療も何もできない自分が悔しい…」と。基本的な治療法も薬もない、今の状況でどうやって患者を救えるのか? どう感染を防げばよいのか? 先の見えない状況の中、必死で戦っている。
 研修医時代のことなんて思い出したくないんじゃないかと思っていたら、落ち着くとちょくちょく留萌まで飲みに来る。PCR検査で陰性を確認して。「自分が感染源になってはいけないのでね」。うちのカウンターで飲むときは、いつまでも研修医のままだ。
 
(2020年9月28日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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