北極星
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漢幸雄(士別・劇場館長)*六十の手習い
還暦目前、久しぶりに筆を持った。これが驚くほど自由にならない。できるはずのことが全くできないという現実を前に、こりゃいかんなと考え込んだ。せめて人並み程度には筆で字を書こうと、書道のさらい直しを始めた。
今更塾通いでもあるまいと、まったくの自己流である。先生について手ほどきを受けたのは小学生のころ。ほぼ半世紀ぶりの練習は勝手気まま。とりあえず毎日書き始めたものの、やはり手は思うようには動いてくれない。手本の小さな文字がかすんで見える。こんなはずじゃなかったと珍しくやる気に火が付いた。
道具や手本を買い集め、ぼちぼちと書き続ける日々。道具集めから入るのは悪い癖。部屋の片隅に書道専用の机を置き臨書を始めた。
と、書いているときに耳元で声がする。小学生のころに習っていた先生の声だ。文字の結構(レイアウト)や、字を崩したときのバランス。思いだして書いてみると、それが実に的を射ている。子どものころには理解できなかったことが、この年になるとわかるのか。年をとるのも悪くはないと思い直して書き続ける。
一大決心から3年目。ようやく少しは様になってきたとうぬぼれたいところだが六十の手習いは進歩が遅い。八十の手習いを目指してぼちぼちやるしかないか。
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はた・ゆきお 旧朝日町(現・士別市)生まれ。町(市)職員として山あいの小さな劇場・あさひサンライズホールの計画から関わり、定年後は同ホールの館長。市民参加型の演劇公演の制作に取り組む。61歳。
(2021年5月10日掲載)
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