北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


奥田修一(中富良野・北海道風景画館主宰、画家)*30年越しの約束

 「覚えていないかもしれないが、いつか立身出世したら絵をいただくと言っていたんですよ」。9月の月曜日、そう話す彼は、もう30年以上前に新人で富良野に配属になり、私を訪ねてきたことがあった。気が合い二、三度、小料理屋で飲んだ。その帰り道、彼のアパートまで送って別れる際に、そんな会話があったかも、とぼんやりした記憶がよみがえった。

 いま彼は肺がんのステージ4で、5年生存率が30%、最近脳に転移した腫瘍を一つは手術、一つは放射線で治療したばかりだという。また私の美術館が、ここに来て新型コロナウイルス対策融資の返済を迎え、クラウドファンディングを始めたのを知り「このタイミングしかない」と、訪ねて来たそうである。聞けば義母が認知症で、奥さまと彼で介護を続けてきたが、今度は彼自身が奥さまの看病を必要とする可能性が出てきたので、間もなく義母は介護施設に入るという。

 同伴の奥さまは目のぱっちりとした人であるが、さすがに疲れが見受けられた。絵を見て庭などでゆっくりされ、彼との30年越しの約束は果たされた。部屋に飾るという丘と芦別岳を描いた「麦秋」などが、いくらかでも2人の心のなぐさめになることを願っている。

 おくだ・しゅういち 東京都出身、1987年富良野市に移住、90年中富良野町に移住、95年に廃校となった町立奈江小の校舎を活用して富良野風景画館(現・北海道風景画館)を開設し主宰。描く作品は「山」が半分を占める。64歳。
 
(2023年10月9日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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