北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


谷紀美子(名寄・非常勤図書館員)*コンパスと定規

 仕事柄、フェイスブック上で本の紹介をすることがある。そのための本を読んでいたとき、「規矩(きく)」という言葉に出くわし、四十数年前の授業を思い出した。それは、記憶のデータベースが高速検索し、該当する脳内の引き出しがパカッと開いたかのような感覚でわれながら驚いた。
 私の学んでいた山形県の某短大は規模も小さく、特に図書館学に関しては学外の先生による集中講義が多かった。それらはたいてい夏休みとかに行われ、さっさと帰省したい私には迷惑この上なかったが、単位を落とすわけにもいかず、仕方なく受けていた。
 あるとき書誌学の講義ではるばる東京から来られた先生は名を長沢規矩也といい「私の名前の『規矩』はコンパスと定規の意味です」と自己紹介された。はかま姿のおじいさんだった。
 それ以降日常的に出合うこともなかった「規矩」なる言葉が、長い歳月を経て突如目の前に出現し、遠い昔の授業風景を呼び起こしたのだ。長沢先生はとうの昔に亡くなられたが、漢和辞典をいくつも編さんし、図書館学・書誌学の世界では著名な方だった(と、今ごろ検索して知る)。
 当時の成績証明書を見てみたら、それと思われる講義はぎりぎり合格みたいな成績だった。もっと身を入れて授業を受けろとあの頃の自分に言ってやりたい。

(2020年8月31日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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