どうほく談話室
シンガー・ソングライター エビナマスジさん

最北端のイベントホール運営*稚内から音楽と笑顔届けたい
プロミュージシャンや市民が集う稚内市の「えびなイベントホール」(宝来2)は、かつて総合電器店だった。結成25年の兄弟デュオ「SE-NO(セーノ)」の実家で、2014年に生まれかわった。音楽活動とホール運営の二足のわらじを履く兄エビナマスジさんは「故郷に文化の香りを漂わせたい」と話す。
―音楽との出会いは。
「父は音楽を聴くのが好きで、母は歌うことが好き。電器屋にはいつも音楽が流れていました。従業員さんもバンドをやっていて、音楽がそばにある環境でした」
―地域で信頼される電器店だったそうですね。
「祖父が始めた『えびなラジオ店』から始まり、やがて『ベスト電器稚内えびな店』になりました。『稚内一、親切な電器屋さん』を掲げた父の接客を見て、人を笑顔にする仕事の素晴らしさを学びました」
―演奏活動はいつから始めたのですか。
「大学2年でギターの路上ライブを始めました。4年になって弟・蝦名摩守俊(ますとし)が同じ大学に入り、01年にSE-NOを結成します。電器屋で荷物を運ぶときの掛け声『せーの』が由来です。心を合わせて歌を届けたいという意味を込めました」
「家業を継ごうとベスト電器札幌本店に就職しましたが、やがて音楽一本に絞り、07年にファーストアルバム『SHELF』をリリース。本格的な音楽活動に入りました」
―えびなイベントホールの誕生はお父さんの願いだったとか。
「10年に病気で亡くなった父は『電器屋が厳しくなったら、笑顔が集まる音楽ホールにして、稚内の人に恩返しを』と遺言しました。こけら落としは14年6月の『父の日』で、(『Woman』などのヒットで知られる)尊敬するシンガー・ソングライターの中西圭三さんがコンサートを開いてくれました」
―全国でも珍しい家族経営のホールです。
「当初はホールマネジャーに任せ、僕らは札幌を拠点に稚内と行き来していたのですが、24年に兄弟で拠点を稚内に移しました。今は母と3人で運営して音楽を届けています。新型コロナ禍でイベントがゼロになったときは本当に厳しかったのですが、音楽活動で知り合った(『愛は勝つ』などのヒットで知られる)シンガー・ソングライターKANさん、中西さんをはじめ、多くの人たちに助けてもらい乗り越えました」
―ホールでさまざまな楽器演奏を体験できるイベント「楽器ふれあいフェスタ」が人気です。
「子どもたちは楽器に触れると、とてもよい顔をします。僕自身が初めてギターに触れたときのワクワクを届けるため、もっと機会を増やしたいと思っています」
―ホールをどんな場所にしますか。
「最北端のえびなイベントホールでやりたい、と全国のアーティストに思ってもらえる、日本でいちばんハートフルな場所。稚内に元気を届ける場所。父が願った『笑顔が集まる場所』ですね」
(聞き手・渡辺徹也)
*取材後記
電器店の跡地にあるホールは、にぎわいの記憶を継ぐように温かな雰囲気に包まれている。中西圭三さん、KANさん、「SING LIKE TALKING」のボーカル佐藤竹善さんら名だたるアーティストも愛した。稚内を音楽の街にしたいと語り、稚内高の生徒が2月に企画した音楽イベントも引き受けた。最北端の小ホールが音楽の殿堂になる日を、私も夢見たいと思った。
エビナマスジ 北海道工業大(現北海道科学大)で音楽活動を始め、Spotify(スポティファイ)などでも楽曲を配信している。稚内観光大使として2024年に中西圭三さんと「稚内Do!」をリリース。27年春に開校する義務教育学校の校歌も手掛けている。
(2026年04月20日掲載)
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