北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


為井恵子(旭川道新エッセー教室受講生)*最後の「ありがとう」

 父は大正9年(1920年)、大阪で5人兄弟の末っ子として生まれた。いたずら好きなガキ大将で、よく親や先生を困らせたらしい。

 兵隊としてフィリピン、旧満州(現中国東北地方)で戦い、何とか生き延び、母と知り合った。昭和21年(1946年)、大阪に引き揚げてきたが、時は就職難。「北海道開拓団募集」の貼り紙に、思い切って応募した。

 翌年4月、サクラ咲く大阪から美瑛町に着くと「吹雪で驚いた」と笑っていた。農業未経験者だが、一匹おおかみ的で人一倍負けん気が強い父には向いていたようだ。真っ黒になりながら大地を開墾していった。

 大阪人らしく皆で楽しいことをするのが大好き。娯楽の少ない集落で「盆踊りをやろう」と呼びかけ、樽を太鼓代わりに皆で練習した。当日は、近隣の集落からも見物が来て大いに盛り上がったそうだ。

 亡くなる2日ほど前。酸素マスク姿の父が、丁寧に口腔(こうくう)ケアをしてくれた看護師にささやくように言った。「あ、り、が、と、う」

 父は感謝する時に「すみません」ではなく、「ありがとう」とよく言っていた。申し訳なさを含む言葉は、時として切なく感じることもあるが、「ありがとう」は、受け手を心地よい気持ちにさせてくれる。

 98歳でこの世を去った父のように、私も感謝の心を日頃から持ち続けたい。

(2025年05月05日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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