北極星
道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら
村田節子(旭川道新エッセー教室受講生)*お兄ちゃん
10年ぶりに札幌の兄と会ったのは、小雪の舞う肌寒い日だった。
看護師に付き添われて兄は病室から現れた。「お兄ちゃん、節子です」。声をかけると、一瞬けげんな顔をしたが、「あら、来たの?」とすぐに懐かしい笑顔に戻った。
兄は退職後、物忘れが目立ち始めた。追い打ちをかけたのが妻の脳梗塞だった。3人の娘が交代で世話をしたが、症状は進み、やむなく精神科に入院した。
台湾生まれの兄は、父の戦死後、家族と日本へ引き揚げた。母は6歳の兄を連れ、知り合いを頼って道南から東川村(現・東川町)へ。その時、子のない家を紹介され、栄養失調で満足に歩けなかった兄は養子として引き取られたという。
1年後、2歳の私もその家の養女となった。小学1年の時、養父母に初の実子が誕生したが、弟は若くして亡くなってしまった。兄の落胆は計り知れなかった。
幼い頃、兄の存在は絶対で、反抗すると橋の上から突き落とされた。冬のかんがい溝は水がなかったとはいえ、恐ろしかった。そんな兄も私が中学生になると、働いたお金で自転車やマフラーを買ってくれた。怖かった兄は、少しずつ優しくなっていった。
30分の面会は絆を確かめるには十分だった。「お兄ちゃん、またね」と手を出すと、「おお」と言い、その白い指でしっかり握り返してくれた。
(2026年01月19日掲載)
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