北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


藤沢隆史(礼文町教委主任学芸員)*絵馬の奉納者のふるさとで

 これまで2回、礼文島の厳島神社に奉納された7枚の絵馬のことを書きました。2017年と24年です。

 奉納者のひとり、岡松喜三郎について調べるために昨年12月、ゆかりの香川・粟島(三豊市)へ行き、岡松家の屋敷跡と喜三郎・リン夫妻の墓、島の馬城(うまき)八幡宮の玉垣(建物を囲む柵)や船絵馬を見て回りました。

 海を見渡す小高い場所にある屋敷跡は、敷地の広さと、今も残る立派な石垣などに往時の繁栄がしのばれました。屋敷裏にある墓地の墓石に刻まれた銘文からは、喜三郎が木田郡庵治村(現高松市庵治町)出身であることがわかりました。

 また、馬城八幡宮に奉納されていた船絵馬が礼文の船絵馬とほぼ同じ図柄で、それぞれの奉納年の違いから、粟島の出発時と礼文の到着時に奉納されていたこともわかりました。

 粟島の海運の歴史に詳しい方によれば、それぞれの絵馬に描かれている住吉丸という船は、石川県の能登の大船主である西村屋の所有で、岡松喜三郎は1886年(明治19年)、この船の沖船頭(船主に雇われて操船と商売を行う者)となり、その後、独立して船主になったとのことです。

 2枚の絵馬は、粟島と礼文島という二つの島が、1世紀以上も前に瀬戸内海と日本海を介してつながっていたことを物語る、貴重な資料と言えるでしょう。

(2026年02月02日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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