北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

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北極星

道北各界で活躍する皆さんによるエッセーコーナーです。 2020年3月までの記事はこちら


漢幸雄(士別・劇場館長)*親父の味

 今年、92歳になった父は4年前に連れ添いを亡くしてから私と同じ町内で1人暮らしをしている。母は家事が趣味のような人だったので、父はインスタント麺すら自分で作ったことはなかったはず。母の晩年、介護の傍ら、必要にかられて、炊事、洗濯、掃除と家事全般を大車輪でこなし始めたが、きっとどれもが初めての経験だったと思う。

 おふくろの味はいくつもあるが、父にとっては愛妻料理にほかならない。年末には臼ときねで餅をつき、小豆の選別から始めて手のかかるようかんを作り、干しておいた大根と大豆でハリハリ漬けを仕込む。その傍らで黒豆を煮るのが恒例だった。黒豆は柔らかく、ではなく、かみごたえのあるように固く煮詰めていくのがわが家の定番である。

 母が亡くなった年の暮れだったか、父が見よう見まねで黒豆を煮た。舌の記憶を頼りに、母がやっていたことを思い出しながら試行錯誤したらしい。満足な出来ではなかったようだが、それから毎年作り続けているとほぼ母の味と固さに仕上がるようになった。父からもらう黒豆は父の味になっている。こつこつと物事に向かい合っていく父らしい。

 レシピのない状態から探り出した父に、作り方は教わらないでおこうと思う。いつか自分の舌だけを頼りに黒豆を煮てみたい。おやじの味に近づけるだろうか。

(2024年04月22日掲載)

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


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