北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

北海道新聞 旭川支社 + ななかまど

どうほく談話室


育英館大非常勤講師、稚内市主査 牧野竜二さん(38)

*樺太の記憶 映像で語り継ぐ*引き揚げ者の話 時間と勝負

 【稚内】育英館大(旧稚内北星学園大)は樺太(ロシア極東サハリン)の歴史を後世に伝える「樺太プロジェクト」を進めている。旧ソ連の侵攻に苦しめられた引き揚げ者らにインタビューし、映像で記録を残す取り組みだ。プロジェクトを担当する同大非常勤講師で、稚内市観光交流課主査牧野竜二さん(38)にその意義などを聞いた。
(聞き手・稚内支局 高橋広椰)

 ――プロジェクトを始めた経緯は。

 「(15年ほど前の)北星大研究生時代、担当教員から『樺太は稚内に関わる特有の歴史だから残さないといけない』と指導を受けました。当時、沖縄などで戦争の語り部が高齢化して減っており、『戦争を経験した生の声を残さないと』という危機意識が根底にありました。2014年、担当する授業『映像メディア論』で、地域を題材とした作品の構想を温める中で、樺太を選んだのが直接のきっかけとなりました」

 ――稚内ならではのドキュメンタリーですね。

 「樺太などのテーマは稚内を象徴する内容で、都市部の人にも興味深く見てもらえると思います。こうしたテーマを提供することが、地元の稚内にも役に立てると思います」

 ――「初めてこうした樺太の歴史を知った」という受講生の声も聞きます。

 「樺太に日本人が住んでいた事実が若い世代にあまり知られていないことがあるでしょう。その背景には引き揚げ者が過去を話していないことがあります。生まれ故郷を追われたつらさやその後も生活に困窮し、差別を受けたと感じる人もいます。過去を話すことで、こうした思い出したくない記憶が呼び起こされる人もいるようです」

 ――ロシアのウクライナ侵攻の影響は出ていますか。

 「引き揚げ者から話を聞くのは時間との勝負。特にあと5年がカギになると思います。引き揚げ者が現地で体験した空襲の話は、現在のウクライナの状況と重なります。こうした声を拾い、少しでも記録を残したいと思います。現在、新しく制作している作品は終戦後、多民族が入り交じって暮らした樺太の状況について引き揚げ者らに取材しています。作品は最終段階の編集をしていますが、その矢先のこの事態で、どういう風に見てもらえるのか不安もあります」

 ――プロジェクトの作品は原則、稚内市の樺太記念館でしか視聴できないそうですね。

 「稚内には『国境のまち』の独特の空気感があります。実際に稚内に足を運んでもらい、サハリンを眺めた上で引き揚げ者の声を聞いてもらうと、より心に刺さるものがあると思います」
 
 
*取材後記

 「記録を残すのは今しかないんです」。稚内に多くいる樺太からの引き揚げ者が年々、亡くなっていることに牧野さんは強い危機感を募らせた。ロシアのウクライナ侵攻のニュース映像は、樺太プロジェクトの作品に登場する引き揚げ者の過酷な体験を思い起こさせ、改めて戦争の怖さに戦慄(せんりつ)する。多くの人に国境のまち・稚内を訪れてもらい、樺太の歴史や引き揚げ者の体験を理解してもらいたい。
 
 まきの・りゅうじ
 1984年、旭川市生まれ。稚内北星学園大(当時)卒業後、2007年に稚内市役所入りし、13年から同大非常勤講師。樺太の看護師の集団自決をテーマにした作品が全国規模の映像コンテストで入賞するなど質の高い映像作品を手掛けてきた。
 
(2022年5月16日掲載)
 
 

 

※掲載情報は、取材当時のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。


GO TOP