北海道新聞旭川支社
Hokkaido shimbun press Asahikawa branch

北極星

石黒誠(富良野・写真家)*クマだ 2019/05/27

 「タラノキの芽が採りごろになっているかもね」。うなずく息子を車に乗せて芦別岳山麓の森へ行った。

 心地よい新緑の香りに意気揚々と歩き始めて間もなく、谷底からザザザ、バキバキッと音が響いた。

 シカと違う足音に違和感を感じて目を凝らすと、黒いかたまりが見えた。ヒグマだった。アキタブキでも食べていたのか、昼寝をしていたのか、とにかく私たちからすごい勢いで逃げていた。

 ある程度の距離を走ったら立ち上がるかもと思ったので、ササが揺れるのを目で追っていると、立った。

 「クマだよ! 見える?」

 隣にいる息子の顔を見ずにその方向を指さすと「おー! かわいい」と緊張感のない一言を放った。丸い顔、丸い耳。太い手足。クマは擬人化されアニメや縫いぐるみになる。人を襲うという恐怖の対象である一方、世界中で愛されている不思議な生き物だ。

 タラノキの芽を採るのは諦めた。

 「速かったね。あんなにササが茂ったやぶなのに、普通に走ってた」。帰路の車中で息子が驚いていた。

 子連れの母親とか、たまたまご機嫌斜めの個体が、あの瞬発力で向かってきたら、私が手にしていたクマ撃退スプレーを冷静に噴射できただろうか。ハンドルを握りながら思い返すと、少し冷や汗が流れた。


戻る