北海道新聞旭川支社
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ヒューマン

奥山省一さん(59)*名寄・ドーリンスク友好委員会会長*サハリンから相互に訪問団受け入れ*若い世代も積極交流  2017/08/13
おくやま・しょういち
1958年名寄市生まれ。下川商業高校卒業後、家業の保険代理店を継ぎ、現在は「こころ保険」社長。2015年から「名寄・ドーリンスク友好委員会」会長。「写真は今回の訪問団で、在札幌ロシア総領事館を訪れた時に記念撮影しました。『札幌より名寄が良い』と言っていました」

 【名寄】市と友好都市提携を結ぶロシア・サハリン州ドリンスク市からの訪問団20人が7月末から8月初めにかけて名寄を訪れた。両市の行政・経済関係者らは隔年で相互訪問しており、今回は芸術学校の学生たちが公演を行い、名寄の中高生とも交流した。市民組織「名寄・ドーリンスク友好委員会」の奥山省一会長に交流の意義や今後について聞いた。(上村衛)

 ――両市の友好都市提携は昨年で25周年を迎えました。今回の訪問団の受け入れはどうでしたか。

 「大成功でしたね。食文化交流として、初めて開いたロシア料理教室には、主婦や家族連れら市民約25人が参加してくれました。訪問団のガリーナ・ドボリャニノワ議長らがボルシチやペリメニ(ロシア風水ギョーザ)を作ってくれました。言葉は通じなくても和気あいあいと楽しんでいました。芸術学校の舞踊グループ『ブラボー』による公演では『感動した』『涙が出た』という感想が寄せられました。メンバーは名寄高や名寄東中の吹奏楽部と交流し、『てっし名寄まつり』会場では名寄市立大のよさこいソーランのグループと知り合いました。大学生は『サハリンに行ってみたい』と話していましたよ」

 ――ドリンスク市との出合いのきっかけは。

 「二十数年前、元名寄市長の桜庭康喜さん(75)の誘いで初めて訪れました。当時は貧しいマチでしたが、食べきれないほど手作りの料理を出してくれました。おもてなしの気持ちに感動しました。以来、10回以上行っています。人口(市と周辺地区を合わせて2万4千人)は名寄(2万8千人)とそんなに変わりません。最初はコンクリートのマチという印象でしたが、経済発展で町並みはカラフルになりました。『まちづくりの基本は名寄から学んだ』と聞きました」

 ――ドリンスク市の魅力はどんなところですか。

 「アットホームなところでしょう。街中では日本語で『こんにちは』と声をかけられます。今や家族や親戚みたいなものです」

 ――今後の交流についてどう考えていますか。

 「若い世代に交代していかねば。まずは興味を持ってもらうことですね。音楽、料理…何かきっかけがあれば。そういう意味では、今回の訪問団受け入れはチャレンジでした。団員のうち、2人は市内の医療機関で脳ドックを受け、喜んでいました。現地では韓国で健康診断を受けるツアーもあるそうです。名寄でも医療交流はできるのでは。来年はこちらから訪問しますが、日本料理をロシアにある食材で作り、食の交流を進めるのもいいでしょう。剣道を実演するのも良い。ただ、経済交流は高い関税や輸送手段などの課題があり、まだこれからです。『近くて遠い国』を『近い国』にしないといけません」


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