北海道新聞旭川支社
Hokkaido shimbun press Asahikawa branch

北極星

柴田えみ子(旭川・尊厳死協会道支部理事)*灯  2019/10/27

 先日、1本の古いカセットテープを見つけました。私のピアノ伴奏で歌う4歳だった長男と2歳だった長女の声が入っていました。

 歌は自分が弾いているにもかかわらず、まるで記憶にありません。

 ♪夕陽が落ちて暗くなると虫が鳴くりんりんりん♪
 幼い2人が声を張り上げて歌っています。

 この時期、私は息子の障害のことで頭が一杯でした。今ならば認知されている広汎性発達障害ですが、当時は保健所も病院も「親の育て方が悪い」「神経質になり過ぎだ」と取りあってくれませんでした。外出すると多動の息子は迷惑がられ、「連れて歩くな」と怒鳴られたものです。見知らぬ土地での子育ての不安、社会からの疎外感で、家に閉じこもる毎日でした。

 4歳で片言しか話せなかった息子ですが、歌声はとても伸びやかです。娘が「もっかい、もっかい」とせがみ、歌詞を間違えては3人で大笑いしています。

 「お母しゃん、楽しいねえ」。息子が小首を傾け、私をのぞき込むしぐさが浮かんできました。

 ♪草も露も光るように一生懸命りんりんりん♪

 ただただ必死で生きていた日々、こんなにも朗らかに子供たちが歌っている…。涙がこぼれ落ちました。

 暗闇に閉ざされていた記憶に、明るい灯がポッとともった瞬間でした。


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