「タラノキの芽が採りごろになっているかもね」。うなずく息子を車に乗せて芦別岳山麓の森へ行った。 心地よい新緑の香りに意気揚々と歩き始めて間もなく、谷底からザザザ、バキバキッと音が響いた。 シカと違う足音に違和感を感じて目を凝らすと、黒いかたまりが見えた。ヒグマだった。アキタブキでも食べていたのか、昼寝をしていたのか、とにかく私たちからすごい勢いで逃げていた。 ある程度の距離を走ったら立ち上がるかもと思ったので、ササが揺れるのを目で追っていると、立った。 「クマだよ! 見える?」 隣にいる息子の顔を見ずにその方向を指さすと「おー! かわいい」と緊張感のない一言を放った。丸い顔、丸い耳。太い手足。クマは擬人化されアニメや縫いぐるみになる。人を襲うという恐怖の対象である一方、世界中で愛されている不思議な生き物だ。 タラノキの芽を採るのは諦めた。 「速かったね。あんなにササが茂ったやぶなのに、普通に走ってた」。帰路の車中で息子が驚いていた。 子連れの母親とか、たまたまご機嫌斜めの個体が、あの瞬発力で向かってきたら、私が手にしていたクマ撃退スプレーを冷静に噴射できただろうか。ハンドルを握りながら思い返すと、少し冷や汗が流れた。
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