幼いころ、頻繁に聞こえてきたあの声。夕暮れ時になると、どこかから聞こえてくる焼き芋カーの独特の声。よく母に「早くしないとお芋屋さんが行っちゃう。食べたい、食べたい!」と駄々をこね、困らせていた。家であの味を再現しようと、何度か作ってみたものの、甘くて濃厚な味は到底、再現できなかった。 先日、久しぶりに近所から焼き芋カーの声が聞こえてきた。まだ、その車を見たことがない9歳の息子は「焼き芋が焼ける車を見てみたい!」と懇願してきた。寒い冬空。少しちゅうちょしたが、とうとう折れて厚着をし、声を追った。 声は聞こえるけれども、姿は見えない。しばらく歩いて息子が「あっ、あそこ」。1丁先あたりから温かく懐かしい明かりをともし、こちらに向かって来ていた。息子の顔をのぞいた。まるで小型宇宙船にでも遭遇したかのような表情。びっくりしたような、うっとりしたような。 私の目にはお世辞にもきれいとは言い難い古びた車に映ったが、小さいころはこの車を見るたび、胸を高鳴らせていたのだろう。 息子が「どんな味がするんだろう」とつぶやいた。奮発して買ってあげたかったが、慌てて出てきたので財布一つ持たずに来た。息子にとって未知なるお味は、次のお楽しみにとっておこう。
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