祖父は97歳。会えば私に昔話を繰り返す。 若き日、木を伐倒する仕事で山の飯場にいた。ある晩、夢枕に山の女神が立って太鼓を打ち鳴らした。目を覚ますと大雨で、あたりの雰囲気がおかしい。直感で仲間をたたき起こし、沢から逃げた直後に土石流が飯場を押しつぶした。 早くに他界した父親に代わって終戦前の樺太で弟たちを養った。ウサギを罠(わな)でよく捕ったり、薬草を集めて売ってひと儲(もう)けしたりしたこともあった。 遮るのが申し訳ないのと同じ話でも毎回それなりに引き込まれるので、結局、ひとつのお話の幕が下りるまでは付き合ってしまう。 祖父は養護老人ホームで暮らしている。戦後、北海道へ引き揚げたのち、自力で建てた南富良野町の家は解体してしまった。好きな畑や薪(まき)ストーブから切り離されてしまったが、この春までその家で自炊し、風呂に入っていた。 久しぶりに老人ホームに行くと、また昔話が始まった。ああ、あの話だな、と聞いていると、途中でころっと違う話にそれた。すぐ元に戻ったが、そういうところを見た記憶が無かったので私は少し緊張して見守った。 ノートを取りながら、できる限り聞き出してみたいとずっと思っていた。もう先送りしてはいけない。帰り道、自分に念を押した。
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