2003年度までは市立稚内病院に40人以上の医師がおりました。04年4月の新臨床研修医制度導入を直前に控え、北大脳神経外科教室は医局員の派遣中止を決定します。宗谷にも医療崩壊の第一波が押し寄せて来ます。その翌年から麻酔科、産婦人科、耳鼻咽喉科と次々と固定医が不在となり、08年には総医師数32人まで減ってしまいます。 最も痛手だったのは2人の固定医を派遣していた北大循環器内科の撤退です。11年から循環器内科は出張外来だけとなり、以後、心筋梗塞などの循環器疾患は180キロ離れた名寄まで搬送せざるを得なくなり、当院の圏外搬送は倍増になってしまい、少ない医師たちのさらなる負担増となっています。 初期研修医を除くと16、17年度の医師数はとうとう30人を切ってしまいました。新臨床研修医制度導入以後の地方病院はどこも人材確保に翻弄(ほんろう)され現在に至っており、いまだに回復する兆候がありません。医師の数が減れば残る医師の負担が増えます。医師が疲弊しないよう支えてあげることが重要ですし、最重要課題はやはり医師確保ということになります。 国をはじめ行政や医系大学には地方の医療を守る力はありません。地域医療は今、現場で働く医師たちの熱い思いに支えられてかろうじて成り立っている、といっても過言ではありません。いずこの地方病院も人材確保に苦労しており、少ない医師数で地域医療を守っていることを広く知ってほしいと思います。 |