1月20日。夫が初舞台を踏んだ。場所は富良野演劇工場。演目は倉本聰演出の「走る」。黒のスーツに黒の靴。40人のサラリーマンが全速力で走る。「パパー」。娘が食い入るように眺める。夫の汗が噴き出す。最後にきゅっと唇をかんだ。 友人から誘いが来たのは年の瀬だ。公演に出演する市民ランナーを捜していると言う。対象は30歳以上男性で普段運動をしている人。「セリフもなく動作のみのシーンだって。毎日ランニングしているんだから、出てみたら」。「えっ。人が足りないなら協力するよ」 話は決まった。「黒の革靴、新調しようかな」「1回だけだよ」。「そうだね。いらないか」。関東出身で芝居が大好きな夫。「走る」特番も録画し、まんざらでもなさそうだ。たまにはこんな刺激も必要なのだろう。 舞台の幕が上がった。「走る」という意味を求めて「時のマラソン」を走り通す過酷な舞台。役者は2時間走り通しだ。「うっはっうっはっ」ランナーの激しい息遣い。満席の観客を引き込む。「人は何のために走るのか。何に向かって走るのか」。パンフレットの文字通り考えさせられた。 冒頭で故意に転ばされた女性ランナー。クライマックスでは泥だらけになり足を引きずりながらゴールした。人生は泥臭くていい。まずは自分のために走ろう。その一歩が、家族や友人や同僚のエネルギーになる。初舞台を終えた夫は今日も前だけを見て走っている。 |