農作物を食い荒らし、「害獣」とも呼ばれるエゾシカ。敵視されがちな彼らの生態を通して、環境問題や人間社会のあり方を考えてもらおうと、「エゾシカの森」では現在9頭のエゾシカが飼育されている。 2月は灰褐色の冬毛が抜け始め、夏毛へと生え替わる時期だ。「シカの毛が抜けているから、『病気なの』って真剣に尋ねられることもあるんです」と、飼育員の白木雪乃さん(34)は来場者とのやりとりを話す。シカたちはこの時期、厳しい寒さに身を縮め、体力温存のため極力体を動かさない。 1年かけて成長したオスの立派な角ももうすぐ見納めで、4月ごろには角がとれる。角はオスの象徴とされ、6歳前後で重さは2キロほど。温厚と思われがちなエゾシカだが、オスは荒々しい。過去には鋭い角に襲われかけた飼育員もおり、世話も一苦労だ。発情期の秋口は気性がさらに激しくなり、目つきも凶暴になるとか。だが、角を失うと一変し、自信をなくしたように振る舞うという。白木さんは「1年間全力で生きているところが魅力的」と話す。 施設はこうしたエゾシカの通年の生態が分かるだけではなく、メッセージも発信している。なぜエゾシカが「害獣」と呼ばれる存在になったのか、という問いかけだ。今のエゾシカの爆発的な増加は、天敵であるオオカミを絶滅させた人間の責任でもある。施設は「オオカミの森」と隣り合っており、戒めの意味も込めているという。また個体数の増加には環境問題も関わっている。温暖化で冬が以前よりも暖かくなり、かつては淘汰(とうた)されていた弱い個体も越冬できるようになったからだ。 白木さんは、出産が「一番感動する」と力を込める。「子を育てる姿は、人間と同じで心を打つ。被害に困っている人もシカだけが悪いとせず、私たち自身の問題として問い直してもらいたい」と話している。(東久保逸夫) |