北海道新聞旭川支社
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ヒューマン

渡部旭さん(75)*NPO法人天塩川を清流にする会理事長*環境保護に取り組み20年*自然豊かな大河 後世に  2016/08/21
わたべ・あきら
1941年、福島県西会津町生まれ。父親の就農に伴い、47年に天塩町に移住。道学芸大旭川分校(現道教育大旭川校)二類課程(2年制)を修了後、64年から小学校教諭。67年、玉川大文学部通信教育学科卒。留萌、上川両管内で勤務し、初山別小校長を最後に定年退職。天塩に戻り、14年12月まで町の教育委員長。

 天塩川の環境保護に取り組むNPO法人天塩川を清流にする会が今春、公益社団法人日本河川協会(東京)の河川功労者に選ばれた。同会は天塩川の清掃やハマナスの植樹などに取り組み、今年で発足20年。2013年から理事長を務める渡部旭さん(75)に天塩川の魅力を聞いた。(聞き手・天塩支局 山野辺享、写真も)

 ――河川功労者表彰、おめでとうございます。

 「清流にする会は天塩川をきれいにして、地域の活性化につなげることを目的に発足しました。先輩会員から引き継いだ地道な活動を評価していただき、本当にありがたく思います」

 ――会ではどんな活動を。

 「天塩川や天塩町内を流れる支流のロクシナイ川の清掃のほか、河口域にあるハマナスの丘で植樹をしています。09年からは野鳥の調査にも取り組み、これまでにオジロワシやハクチョウなど100種類以上の野鳥を確認。天塩川が野鳥の楽園であることが分かりました」

 ――天塩川との出合いを教えてください。

 「天塩川を意識したのは1964年、新人教師として天塩町円山小(99年に閉校)に赴任した時です。校舎の近くを流れる天塩川は美しく、子供たちと川遊びを楽しみました。作業を終えた農耕馬が飲めるほど水は澄んでいました。ところがその後、97年に校長として再び円山小に赴任して、川の変わり様に驚きました。工場や生活排水などが原因でひどく臭い、廃棄された洗濯機が流れていたこともありました。そこで01年に退職後、すぐに清流にする会に入りました。環境への意識が高まり、最近は川がきれいになってきたと思います」

 ――天塩川の魅力は。

 「天塩川は道内で石狩川に次いで2番目に長い大河。多くの野鳥や魚類、植物に恵まれ、北海道遺産でもあります。明治時代には木造荷役船の長門船が天塩港と上流の中川、音威子府などを往復。生活物資を運ぶ交通路としての歴史もあります。それに何といっても景色が美しい。河口域の天塩川河川公園では、ゆったりと流れる天塩川と、その向こうに広がる日本海を眺めることかできます。天気が良ければ利尻山が見える。天塩川はこの地域の貴重な財産なのです」

 ――今後の活動の目標を教えてください。

 「これまでの取り組みを着実に進め、きれいな天塩川を後世に残すのが私たちの使命。現在の会員は60、70歳代が中心の40人で、もっと若い世代も活動に加わってほしい。地元住民でも天塩川河口域の鏡沼に木道があるのを知らない人がいます。観光客を含めて、多くの人に天塩川の魅力を伝えたいです」


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