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ヒューマン

市根井孝悦さん(73)*層雲峡・大雪山写真ミュージアム館長*四季の自然美 50年活写*自身の「ときめき」追究     2012/08/05
いちねい・こうえつ 38年、函館市生まれ。函館白百合学園高で教壇に立つ傍ら、大雪山系の山岳写真を数多く発表。95年に退職し、プロの山岳写真家として活躍している。

 上川町層雲峡の廃校跡を再活用し、5月に開館した「層雲峡・大雪山写真ミュージアム」。大雪山系の四季が織りなす自然美を50年以上にわたり撮り続けてきた函館出身の写真家、市根井孝悦さんが館長に就任し、自身の作品約200点を大型パネルで展示している。自然豊かな大雪山系の魅力を発信する拠点、または層雲峡温泉街の新しい観光スポットとして、期待は高まっている。

 「開館当初の来館者は1日20人程度でしたが、最近は100人を超すこともあります。あまり宣伝していないのですが、クチコミで徐々に評判が広まっているようでうれしいですね。『数が多く、一日では見終わらない』と北見や札幌から何度も足を運んでくれる方や、かつて大雪山系に登った思い出に更けながら一日中写真を眺めているお客さんなど、楽しみ方もさまざま。あらためて大雪山系の魅力の奥深さを感じています」

 函館出身の市根井さんが、初めて大雪山系と出会ったのは17歳のとき。雄大な山並みに魅了され、その後も高校教員を務める傍ら、休日を利用して函館の自宅から通うようになった。

 「大雪山系の山々は、まるで自分が包み込まれるような安心感があります。道内外の山もいろいろ登りましたが、大雪山系ほど癒やされる山はありません。高校時代から50年以上も登っていることになりますが、飽きませんね。1週間近く吹雪の山中でキャンプをしたり、クマと遭遇して命からがら逃げてきたりした経験もありますが、今考えればよく無事に帰ってきたものだと思います」

 教員時代は高校で物理を教えていたという市根井さん。顧問を務めた山岳部を全国大会の常連に育て、写真部も写真甲子園の優勝に導くなど、指導者としても活躍した。

 「山岳部と写真部という体育系と文化系の部活顧問をするなんて珍しいですよね。写真部の顧問時代には、生徒にカメラの使い方や構図など、写真の基礎を教えましたが、ぼくが生徒から学んだことの方が多いです。印象深い思い出があります。ある日、猫の写真を撮る練習で部員の1人が猫の後ろ姿を撮った。教科書的にはダメかもしれないが、その写真を見たら尻尾の形といい、振り返った猫の顔といい、実に秀逸で驚きました。ああ、型にはまらない、常識を破る高校生の感性は優れているなと。こうした原石を磨き、次世代の写真家を育てなければいけないと痛感しました。ミュージアムでも写真教室を開きたいし、来館者に頼まれればいつでも教えます」

 ミュージアム開館を機に、市根井さんは函館から上川町に移り住んだ。通い慣れた大雪山系の山並みを望み、館長として来館者の案内などに忙しい日々を送っている。

 「上川町が立派なミュージアムを用意してくれたことに、誠意を見せようと引っ越しを決めました。これまで何度も通った町ですが、都会にはない自然が残り息づいている光景に心を癒やされる日々です。館長室の窓から、キタキツネの親子がじゃれあう姿を見たときは感激しましたね。もちろん山も登っています。ミュージアムが終わる夕方から翌朝にかけて出かけるなど、3カ月で計20日くらい山に登りました」

 数多くの作品を残し、いまなお情熱が衰えることのない市根井さん。自身の作品は「まだまだ道半ば」と考えているという。

 「60代を過ぎて、古典文学に興味を持ったことがきっかけです。古典は高校時代に習った程度の知識しかありませんが、大雪山系の自然を見ていると、なぜか万葉集や枕草子といった古典の一節が頭をよぎるようになった。不思議なもので、古典文学の描く情景と自然風景を重ね合わせて見ると、これまでとは違った風景に見えるようになった。これまでの私の写真は、美しい風景を撮ってきた。けれども、これからは自分が抱いた感情を込めた作品を撮りたいと思っています。自然と接して自分が感じた『ときめき』をどう作品として表現していくか、これが70代の私のテーマです」

 文と写真 旭川報道部 鈴木雄二

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