北海道新聞旭川支社
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ヒューマン

瀬川拓郎さん(50)*旭川市博物館学芸員*著書「アイヌの歴史」が好評*考古学から生活探る   2008/04/06

<略歴>
 せがわ・たくろう 1958年、札幌市出身。岡山大で考古学を専攻。84年、旭川市に採用され、99年から市博物館学芸員。著書に「アイヌ・エコシステムの考古学」(北海道出版企画センター、2005年)、「東アジア内海世界の交流史」(共著、人文書院、08年)など。文学博士。

 旭川市博物館の学芸員瀬川拓郎さんが近世以前のアイヌ民族の歴史を記した「アイヌの歴史 海と宝のノマド」(講談社選書メチエ)が昨秋の出版以来、好評で、第4刷まで版を重ねている。アイヌの人々が外の世界と盛んに交易し、刻々と社会を変化させた様子を考古学研究に基づいてまとめた力作で、その論考は11月に新装オープンする同博物館の展示にも反映される。歴史との対話から何が見いだせるのか、瀬川さんに聞いた。

(旭川報道部 十亀敬介)

 −−著作ではアイヌ民族の祖先である北の狩猟採集民がサケなどの資源を大量加工し、交易の権益をめぐって争いすら起こしたことなどが前面に出ています。アイヌの人々は自然と共生した平等、平和な存在−という通念からすると異色です。

 「アイヌ民族に関する歴史研究では、近世の和人の文書に基づく叙述が大半で、和人に支配、搾取される様子がクローズアップされてきました。一方、考古学が発掘、蓄積してきた古代・中世の生活資料を読み解くと、そうした抑圧とは無縁な時代の方が長かったことが分かります。本州やサハリンとの交易を通じて異文化が入り込み、日本の刀や漆器、中国の錦など外部との交易品は宝として珍重されました。それらの宝をめぐって社会は複雑化したのです」

 −−旭川での遺跡調査を通じ、縄文期とそれ以降の狩猟採集の変化に注目したそうですね。狩猟採集生活は自給自足分以外は必要としない、環境に優しいライフスタイルと思っていました。

 「狩猟採集生活なら何万年も変わらないと考えると、それは間違い。縄文時代はさまざまな自然資源を柔軟に利用していましたが、擦文時代以降、交易の拡大と連動し、特定の資源を利用する体制が確立します。本州の製品を入手するため、特定の交易品を常に準備する必要があったからです。石狩川流域に残る縄文遺跡と上川アイヌの遺跡を比べると、集落と川の距離が時代とともに短くなります。サケを食用にするだけなら、はんらんの危険がある川べりに集落を置く必要はありませんが、宝との交換に見合うだけのサケを大量処理しなければなりませんでした。こうした交易適応システムの成立は、広く道内に影響を及ぼしたのです」

 −−交易を軸に考えると、これまでとは違った歴史像が見えてきますね。なぜ一冊の本に、研究成果をまとめようと思ったのですか。

 「アイヌの人々は今も独自の文化を持っています。私も北海道生まれで、同郷人として、かつて彼らがどんな暮らしをしていたのかを知りたいというのが研究の原点です。これまでは、文献史学から見える和人による支配と、自然と共生する縄文的なイメージが広く理解されてきましたが、それだけでは全体像は分からないままです。アイヌの人々は縄文文化で歩みを止めたのではありません。考古学の視点から、アイヌの側に立ち、アイヌのしたたかで活力に満ちた社会史を示したかったのです」

 −−市博物館は四月から休館中。11月1日から常設展示をアイヌ民族の歴史に絞って改装し、同時に特別展も開催するそうですね。

 「新展示では『交流するアイヌ』『複雑化するアイヌ』を分かりやすく紹介します。交易や農耕、金属加工など多彩な生業に従事する多面的なアイヌ像をジオラマや漫画、音楽などで理解、体感してもらいます。館内は薄暗く、劇場にいるような気持ちになるのでは。アイヌの人々が紡いだ歴史に思いをはせてもらえれば−とスタッフ一同願っています。特別展は米国人医師ヒラーが20世紀初頭に収集したアイヌの生活資料が、道内に初めて里帰りする貴重な機会。再オープンの際はぜひ足を運んでください」

記者のメモから

 著書「アイヌの歴史」には瀬川さんが口を真一文字に結んだ顔写真が載っている。骨太な著作と併せ「怖い人では」との印象だったが、気さくな人だった。今の関心は「アイヌが縄文から受け継いだもの」という。いわく「アイヌのクマ祭りの源流は縄文のイノシシ祭り。クマ祭りを知ることで縄文の精神世界にも触れられる」。さらなる論考が楽しみだ。

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